ガバナンス(G)

運用機関の上場とコーポレートガバナンス

昨年末にマザーズ上場予定だったレオス・キャピタルワークスが上場を取りやめた。上場取り止めの理由を「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性について投資家保護の観点から深堀りすべき事項が発生した」と説明している。要請はみずほ証券からあったとのことだが、具体的にどのプロセスが問題となったのかは不明だ。(日経ビジネスオンラインの記事)

本ブログのテーマは、みずほ証券が問題にした、コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が何であるかではなく、
運用機関(インベストメント・マネージャー)が上場することに、ガバナンス上の問題がないか?
である。

上場運用機関は、グローバルでは米国のレッグメイソンとか英国のヘッジファンドのマン・グループなどが有名だ。日本ではスパークスがジャスダック上場しているが、大手のアセマネはメガバンクや保険会社の子会社なので運用機関自身が上場しているケースは少ない。(間接的に上場しているともいえるが)日興アセットのIPOプランは以前はよく聞いたが、最近は三井住友信託銀行の子会社という、多角化運用機関が運用機関子会社を持っているという不思議な形態で収まっているようだ。

前職の投資コンサルでは年金向けの運用機関の推奨を行うため、運用機関のリサーチ、評価ということをやっていた。だいたい運用機関の評価は、運用能力をみるのだが、運用機関のビジネスマネジメントも評価要素にある。日本では一般企業に関しては「東証一部上場」こそが信頼の証のように考えられているが、こと運用機関においては、「上場」はあまり歓迎されていない。ヘッジファンドのようにそもそも株式会社でない場合も多い。PEやVCに至っては運用者はほぼ個人に近い。

運用機関は、年金や個人顧客のお金を預かって運用し、運用報酬を得ている。もっぱら年金や個人の投資家顧客の利益のみのために働くという受託者責任(Fiduciary Duty、金融庁はちょっと別の意味で使ってるので混同しないでね)がある。Solo Purposeというやつだ。顧客である投資家に最大限の投資リターンを返すことが運用機関の唯一のミッションだ。海外の運用機関は、ピッチング(営業)では必ずココ強調してくる。運用機関はシングルビジネスなのだ。

ところが、上場企業は株主価値最大化が使命となる。上場運用機関の場合、顧客利益と株主利益のどっちを最大化するのか、という利益相反が発生する。

例えば、中小型株式アクティブのファンドの中には小型効果や超過利益の機会を得てパフォーマンスが良いものがあるが、当然中小型を相手にする以上キャパシティの問題がある。あまりAUM (運用資産残高)が大きくなると運用に支障がでてくるのだ。「顧客本位」のファンドは、耐えられる最大AUMを設定しており、キャパシティに近づくとクローズといって新規資金を受け入れなくなる。ところが、上場運用機関は、株主利益のことを考えなければならない。運用機関の利益は運用報酬で、運用報酬はAUMベース料率だから、AUM拡大こそが株主利益につながる。なのでクローズなどせず、がんがん営業してAUM拡大して利益最大化せよ、ということになる。そうなると、投資家に最大限の投資リターンを返すというミッションはtaint(損なわれる)する。

そもそも、「上場」運用機関でなくても、運用機関というエージェントが、投資家というプリンシパルのいう通りに動くかというエージェンシー問題がアセットマネジメントには存在している。運用機関の利益はスケールメリットがあるので、AUMが大きくなるとビジネスは安定する。投資リターン最適化かAUM最大化かのコンフリクトは、「上場」と関係なく存在する。某国内運用機関は、「目標はAUMをいかに増やすか」だと言い切っていたが、グローバルのエース運用機関のなかには、もう長い間ハードクローズで新規顧客をとっていないところもある。

コーポレートガバナンスは、企業マネジメント(エージェント)と株主(プリンシパル)間のエージェンシー問題の解決を目指している。運用機関の場合は、運用機関のマネジメントと顧客間のエージェンシー問題の緩和を目指すことになる。そして、企業の場合と同様、このエージェンシー問題をすっきり解決する方法はないのが現状だ。パフォーマンスベースの運用報酬はアクティブ運用やヘッジファンドで採用されているが、panacea(万能薬)ではない。他にもCEOがどれくらい自己資金をファンドに入れているかはヘッジファンドではチェックポイントになっている。中にはマネジメントと従業員で所有している運用機関もある。

株式を公開することが、このエージェンシー問題の緩和に役立つのであれば、運用機関の上場は正当化できるが、上記のように、株主というプリンシパルは、運用機関のAUM最大化側に立つことになるので、エージェンシー問題を悪化させてしまう。そのため、運用機関の上場は、ガバナンス上問題があると考えられるのである。

受託者責任(フィディシュアリ・デューティ)

ESG投資には、受託者責任(Fiduciary Duty)について避けられない議論がある。

受託者責任(Fiduciary Duty)とは

一般的には、他者の信認を受けて裁量権を行使する者が負う責任と義務をいう、企業年金では、管理運営にかかわる者(受託者)がその任務の遂行上、当然果たすべきものとされている責任と義務のことをいう。

企業年金連合会ホームページより

受託者責任(Fiduciary Duty)といえば、米国の企業年金を規定するエリサでしょう

≪エリサ法 404条 和訳≫
受託者の義務(Fiduciary Duties)
404条 受託者が義務を果たすのは、専ら加入者及び受益者の利益のためだけであり、 (A)次の2つの目的のためだけである。[忠実義務]
(i)加入者及び受給者に給付を行う。
(ii)制度を管理するために適正な費用を支出する。
(B)同様の能力を持ち、そのような問題に精通している慎重な人間が、同じ特質と
同じ目的を持つ資産の管理において、直面している状況の下で用いるであろう、 注意(care)、技術(skill)、慎重さ(prudence)及び勤勉(diligence)を もって行う。[慎重な専門家の注意義務(プルーデントマンルール)]
(C)多大な損失の危険を最小限にとどめるべく、そうすることが明らかに慎重でな い場合を除き、投資を分散する。
(D)本法の規定に合致している限り、制度を規定する文書や契約に従う。

受託者責任等について
厚生労働省年金局 平成26年12月1日より

年金基金は加入者や受給者の利益のためだけに職務を遂行する。つまり年金基金の運用はパフォーマンス追求であり、リスク勘案後の投資リターンの最大化でなければならない。社会的責任投資(Socially Responsible Investment)は社会問題解決と投資リターンの2兎を追う投資なので、この唯一の目的(加入者や受給者の利益のためだけ)に反するのではないか、という議論がまずある。さらに、投資リターンを犠牲にして(あまり儲からないが)社会的責任を果たすというのもフィディシュアリブリーチ(受託者責任違反)にあたるのではないかという議論を、「受託者責任問題」という。

これについては、1998年のカルバートレターでDOL見解が出ている。投資リターンに遜色なければ、社会的なコーズを考慮しても構わない、つまり年金基金のSRIはOKというものだった。
Problem solved.

とはいかなかった。「投資リターンに遜色なければ」というのは曲者だ。なんらかのスクリーニングを入れてユニバースを縮めると、分散効果で不利になる。当時のSRIはネガティブ、ポジティブいずれにせよスクリーニングファンドだったので、もやもや感が残るものとなった。

2006年に公表されたわれらがPRI (責任投資原則)においては、PRI策定にあたって、PRIが機関投資家、つまり年金基金というFiduciaryの投資家を対象としていたため、この受託者責任問題はなんとしてもクリアすることが必要だった。そこでフレッシュフィールズ法律事務所が、各国の受託者責任問題を議論し、「ESGを考慮することは、長期的な投資リターンに貢献するので、受託者責任違反にならない」
それどころか、「財務だけで投資判断するより、より多くの情報、財務+ESGを使うことは受託者責任上の要請である」とまで言い、年金基金の責任投資にゴーサインを出した。(PRIではSRIではなくResponsible Investment(RI)という)

ここでも、投資判断にESGを組み入れる(ESGインテグレーション)ことなので、やはりスクリーニングは厳しい。厳密にいえば、PRIにおけるRIにスクリーニングは入っていない。

英国の大学関係の職域年金であるUSSにインタビューしたとき、英国ではネガティブスクリーニングは、受託者責任違反になる可能性が高いとのリーガル見解が出ているため、スクリーニングは一切行わないといっていた。ただし、USSの株式ポートフォリオはインハウスのアクティブ運用で、グローバル株式でたった500銘柄しか保有していない。もちろんエネルギーセクターやタバコセクターに魅力がないため保有していない可能性は高いが、あくまでもアクティブの銘柄選択の結果である。

それから10年、PRIの署名機関は増えたが、受託者責任問題が消えたわけではなかった。
2015年にPRIは、“Fiduciary Duty in the 21st Century”(21世紀の受託者責任)というレポートをまとめ、
「ESG投資を年金基金に積極的に推進する法規制を定めた国はひとつもない」
とロビー活動に力を入れている。

スクリーニング(ESG準拠もの)は、厳密には受託者責任で引っかかる。
PRIにおいて受託者責任をクリアしたのはESGインテグレーションだけだったのに、ESG投資の半分以上を占めるスクリーニングを否定できなかったので、受託者責任問題も残ったということなのだろう。

ボードのジェンダーダイバーシティ(女性取締役のこと)グローバル編

いわゆる「女性活躍」の問題は、グローバルイシューの1つである。当然SDGsにも入っている。
女性の社会経済的地位向上は、日本も批准している国際条約であり、政府が取り組みを約束している政策課題だ。
しかし、未だに北欧諸国でも男女のパリティは達成されていない。先進国では教育、労働参加はすでに遜色ないが、リーダーシップつまり政治、経済の支配層で女性は大きく劣後する。なので、ここが女性運動にとっては最後の壁、男尊女卑を維持したい、いや伝統を重んじる保守社会の最後の砦なのである。

最近では、男女平等という民主主義の達成として女性リーダーを増やせという議論よりは、むしろ女性リーダーをエコノミックケース(経済的メリット)として扱う傾向がある。(リーダーシップのみならず教育やヘルスケアといった他方面でも同様だ。)企業であれば女性取締役を増やしたら、企業の成績が良くなるといったハナシだ。ラディカルなフェミニズムに嫌悪感を持つ人は多い。世の中にミソジニー(女嫌い)が蔓延しているなか、女性運動も当然の権利としてハードに戦うより、女性活用の経済合理性を主張した方が、受け入れやすい。この女性役員の効能は、実務家や研究者の研究の対象となり、多くのリサーチが出され、最近ではその経済合理性が、機関投資家ではコンセンサスとなったようである。

受託者責任のある機関投資家がESGを考慮した投資をするときも、インベストメントケースでなければならない。
女性取締役が取締役会の機能を向上させ、企業価値にプラスとなれば、ジェンダーダイバーシティはエンゲージメントのアジェンダとなる。女性取締役は企業パフォーマンスに貢献するというマッキンゼーのWomen matterレポートやクレディスイスのCS3000シリーズのおかげで女性取締役の効能は、かなり機関投資家にも浸透した。

機関投資家にとって投資先企業の取締役会(ボード)が最大の関心事であり、有能な取締役会が長期的な株主価値の守護神であると信じている。ダイバーシティグループは、高IQ白人男性チームに勝ったというクラスルーム実験もあり、今や取締役会のダイバーシティは機関投資家のエンゲージメントのトップアジェンダとなっている。そのダイバーシティのなかでも「ジェンダー」の企業価値への貢献はもはや見紛うことがないと、女性取締役の選任を求める声が大きくなっている。

女性取締役を増やす方法として、ヨーロッパ大陸ではクオータ制が導入されている。上場企業の取締役会の一定の比率(3割〜4割)の女性取締役の選任を義務付けるというもの。ノルウェーの成功から他国も追随したのだが、実際にクオータ制の遵守状況は良好で女性取締役比率は一気に上昇した。

一方、企業の自主努力で伸ばすのは米英だが、英国にはダイバ省はあるしデイビスレポートによる行政からの後押しも、女性取締役が増えなければクオータの導入という脅しもある。機関投資家のエンゲージメントも貢献し目標の25%(FTSE100)を達成した。ちなみに、FTSE100に女性取締役ゼロ企業はない。米国は完全にメリットベースのみというスタンスだが、最近は機関投資家のエンゲージメントや議決権行使にも女性取締役が取り上げられている。トップ企業に対して女性がゼロというのはさすがにどうか、というものだが、実際には女性取締役が1人というのが大半なのが現実だ。ここ10年の女性の増加率をみていると、オーガニックグロース(自然体)ではパリティまでは40年以上かかるとも言われており、なんらかのプッシュが必要というのも、エンゲージメントの動機になっている。

創業会長のセクハラ辞任はガバナンス強化で乗り越えろ(米国)

アカデミー賞の常連ハリウッドの超大物プロデューサー、ハーベイ ワインスタインのセクハラ事件はハリウッドの頂点に立つレジェンドが、その立場を利用して女優やモデルの女性に関係を迫るというパワセクハラだ。実際にセックスに応じなかった女優を干したりもしていたらしく、ハーベイに好かれるというのはハリウッドでの成功の条件で、それは長年の公然の秘密だった。

しかし、時代はジェンダーパリティに向けてアクセルを踏んでいる。最後の砦は、トップ、支配層だ。ここは今だに男が圧倒する。支配層への女性進出は、男女平等が進む先進国の最後の課題なのだ。これが、最近のセクハラ告発の多発の背景にあると私は考えている。女性を搾取する支配層のワル達は、女性が支配層へ進出すること、すなわち”女性活躍”を好まないだろう。パワセクハラトップこそ女性が支配層に入れない阻害要因に違いない。

当然、ビジネス界にもありそうな話である、と思ったら案の定とばかりに出てきたのが、ウィンリゾート(Wynn Resorts)の創業者会長のCEOスティーブ ウィン氏。ウィンリゾートはラスベガスのカジノ(日本では総合型リゾートというらしい)でNASDAQ上場、S&P500銘柄でもある大企業だから、当然、機関投資家株主にとって他人事ではない。
ラスベガスのカジノ経営のレジェンド、スティーブウィンはその立場を利用して、長年に亘ってイヤと言えない女性従業員と性関係を持っていたというもので、本人は否定するものの、次々と詳細なセクハラの実態が露出、ウィンリゾートの株は8%も下げた。

スティーブ ウィンは会長CEOを辞任、持っていた37億ドル相当のウィンリゾート株を売却したとされその影響もあってか株価は2月は低迷した。また、ボストン郊外に建設中のカジノの許認可にも影響するかもしれないという。ウィンはかつてミラージュは敵対的買収で失ったことから全財産のほとんどをウィンリゾートの株で持っていたとされるが、今度はセクハラで会社を失った。ちなみにウィンリゾートの売り上げはマカオからやってくるようだ。日本のカジノ運営にも興味があったとされる。

現在は、社長だったマシューマドックスがCEOとなり、企業カルチャーを変革するとして、既存の取締役2名に代わって、新たに社外取締役候補3名を指名したが、全員女性だった。これにより昨年のISSの評価が最低点だった当社の取締役会は、人員を増やしダイバーシティを獲得する。新しい取締役は、元クリントン政権時のスポークスマン、コーポレートガバナンス専門家、ウォルトディズニーのIRヘッドだそうだ。この改革には、今や個人の筆頭株主となったスティーブの元妻エレン ウィンも関わっている。彼女も新取締役候補に会い、彼女自身も指名することを検討するという。大株主としての役回りを積極的に果たそうとしているようだ。新CEOはボストンの建設中のカジノも売却方針のようだが、エレンはそういった検討は取締役会が刷新されてからと釘を刺している。これが功を奏してかどうかはわからないが、株価も持ち直してきている。

スチュワードシップの観点からは
株主のウィンリゾートに対するエンゲージメントも必要だが、経営者のパワセクハラ(経営者の自己の利益最大化)というガバナンス問題としてみたとき、ウィンリゾートだけにとどまらない問題として考えないといけないだろう。今まで放任されてきたパワセクハラ経営者は上場企業に彼1人というわけではないだろう。セクハラの過去は示談だろうが時効だろうが、いくら有能だとしても経営者としてとどまることは難しいというのが新しいルールだとすれば、マネジメント継続性のリスクでもあり、ダメージコントロールが必要なレピュテーションリスクでもある。今や株主が気にすべき企業の男性問題なのだ。

プロキシアクセスを求めたNY市年金基金のボード・アカウンタビリティ・プロジェクト

4月4日付の日経新聞の「フェイスブック機関投資家、会長の辞任求める」という記事に出てきたニューヨーク市年金基金(NYC Pension FUnd)は米国企業に積極的にエンゲージメントする公的年金だ。NYC年金ファンドは、NYCの各公務員年金の資産を一括して運用する基金でスコット ストリンガー財務長官が管理している。AUMはUS$175Billion(18.5約兆円)とState並みの大きさがあり、ESG投資にも熱心な年金基金だ。

2014年にはボード・アカウンタビリティ・プロジェクトと銘打って、米国の主要企業にプロキシアクセスを求める株主提案を行い、多くの大企業がプロキシアクセスを認める定款変更を行った。現在ではS&P500企業の6割にプロキシアクセスが入っているという。

一般的にプロキシアクセスとは、株主の権利強化によるガバナンス強化策のことである。
プロキシとは日本でいえば株主総会招集通知のことを指し、そこには取締役の候補が載っており株主総会で株主が取締役として選任する。取締役は株主に成り代わって経営監督を行う。というのがガバナンスシステムだが、実際には取締役候補は株主が決めたのではなく、取締役会にある指名委員会が決め、ときには経営陣も関与する。株主が自らに成り代わって監視してくれる代表を取締役として指名しているというのはイリュージョンにすぎない。本来の姿通りの取締役がいてもいいじゃないか、株主が取締役候補を送り込む形を実現しようというのがプロキシアクセスだ。

米国においては、3%以上3年以上保有している主要株主は、25%を超えない範囲で独自の取締役候補をあげる(招集通知に載せる)ことができるという株主の権利を指している。

日本では株主提案で取締役選任を提案できるが、米国では株主提案は経営に関することは認められていないので、取締役選任を議題にすることはできない。ん?プロキシアクセスを求める株主提案はできたのか?

話は長くなるのだが、金融危機がおこり、オバマ政権によりウォールストリート規制(ドッドフランク法)が成立、法律の中でSECにガバナンス強化の規制を入れることが認められたのだが、SECの新しい規制はラウンドテーブル(米国の経団連)に抵抗され、最高裁で否定されてしまいSEC規制は日の目を見ないことになってしまった。なんでこうなるのかは、また話が長くなるのだが、米国はフェデラリズムといういわゆる合衆国制なので50のStates(国)の政府と連邦政府が並び立つフェデラリズムを採用しているため会社法は各国が持っているため、全企業に規制するのはSECの上場規制しかないのである。
話を戻すとSECは上場規制改正は断念したのだが、上で株主提案は経営に関することは認められないと書いたが、実務的には企業側が不適切な株主提案を受け取ったときは、個別議案についてSECのNAL(Non Action Letter)をもらうことをして株主提案を招集通知に載せないということをしていたので、SECはある日プロキシアクセスを求める株主提案にNALを出さなかったのだ。これにより、機関投資家はプロキシアクセスの株主提案が可能になったことを知り、NYCのボードアカウンタビリティプロジェクトに繋がるのである。

さすが大規模公的年金基金とあって実に75社に株主提案を行い、2/3において過半数の賛成を得るという画期的すぎる結果となった。(株主提案オタクでも数をこなすのは大変だそうだ)株主提案自体は参考議決であり拘束力はないが、主にS&P500企業といった大企業を中心に、プロキシアクセスを認める定款変更が行われた。因みに、実際に株主の推す取締役候補が載った例はない(伝家の宝刀は抜かれていない)

加えてプロキシアクセスはアクティビストが仕掛けるプロキシコンテストとは違うので注意しよう。

CECP CEO投資家フォーラム(米国発のイニシアチブ)

CECP (The CEO Force for Good) は、あのポールニューマンが創ったというCEOの団体で、そのCECPが主催しているCEO投資家フォーラムは、投資家が求める長期的価値創造(Long-term value creation)を可能にするためCEOを応援するイニシアチブである。

CECPのリサーチディレクターのBrian Tomlinsonは、メディアでもイニシアチブについて発信し始めているが、これの前はPRIで各国のRoadmap Reportsを書いていた。Japan Roadmap Reportで一緒した縁でこのイニシアチブの情報を送ってきてくれたので紹介する。

CECPの投資家委員会は、新しくSIIアドバイザリーボード(Strategic Investor Initiative Advisory Board)をつくって、
投資家が求める長期的な価値創造プランについてガイダンスをまとめた。
それが
CEO Investor Forum: Investor Letter to Presenting Comapnies

レターの内容はいたってシンプルで
長期的な投資家は、四半期の業績ガイダンスより、長期的な成長、戦略、リスクについて企業を深く理解したいと考えている。通常、長期的な投資家のホライゾンは3~7年、あるいはそれ以上であり、CEOに語ってもらいたいのは
将来の成長計画、長期的な戦略、財務やESGリスクとリスクに対する戦略とリソース配分である。
長期的な投資家は投資先企業を深く理解し、納得のいく議決権行使やエンゲージメントをしたいと考えている

長期的な価値創造プランがCEOから示されたとき、投資家は以下の質問を投げかける。
1.ここ3~7年先に貴社のビジネスに影響する主要なリスクとメガトレンド
2.財務の課題と資本配分戦略
3.企業理念、企業の社会における役割を従業員との共有
4.将来の人的資本の需要とそのマネジメント
5.株主やステークホルダーとの関係
6.長期的なゴールへと導く取締役構成とは
7.高性能でダイバーシティのある取締役会の設計と構築

ということで先のブラックロックのフィンク社長のオープンレターと主張を共有しており
「長期的投資家」が気にするのは長期的な企業の経営戦略であり、ステークホルダー経営であり、有能な取締役会との主張だ。
アドバイザリーボードには
ブラックロックやバンガード、ステートストリート、ニューバーガーバーマンなど運用機関の他CalSTRSやHermesEOSも見えている。

注目すべきは、ステークホルダー経営を求めているところと、取締役会重視。
改定ICGNガバナンス原則や今度改定される英国のガバナンスコードとも共通する点だ。米国でも投資家は取締役会重視になってきているし、ステークホルダー経営や人的資本(従業員)経営も押さえておきたいところ。

CEO投資家フォーラムは過去2回開催され、延べ14社のCEOが投資家を前に長期的な価値創造プランについて述べた。
3回目はこの4/19にSFで行われ、PG&EやWells FargoのCEOがプレゼンテーションする予定だ。

英国コーポレートガバナンス・コード改定

英国のコーポレートガバナンス・コードは、今のFRCが所管する体制になった2010年より2年ごとに改定されるており、現在は2016年バージョンである。2018年の改定については、政府がグリーンペーパーを出してさらなるコーポレートガバナンスの深化を求めており、これにともなって、2010年に今の形になってから初めての大幅なオーバーホールとなる。

スケジュールは
昨年12月にFRCが改定のドラフトを発表、今年の2月一杯までコメントを受け付けた。ここから、コメントと関係各所と揉んで最終的に夏に最終バージョンが発行となり、来年つまり2019年1月からの会計年度から適用となる。

まず書式の変更。現在は、18の主要原則(Main Principles)、27の副原則(Supporting Principles)、55の細則(Provisions)から成っているが、改定コードでは、17の主要原則、41の細則となり、副原則は廃止された。また、原則や細則の並べ直しや、ガイダンスへの移行などもあり、かなりすっきり感がある。

中身の変更は多岐に渡るが、変更の中心テーマは
1)従業員(Workforce)をはじめとした、顧客、サプライチェーンといったステークホルダーへの目配り
2)企業文化、ダイバーシティ(とりわけジェンダー)重視
3)報酬委員会と指名委員会の強化

1)のステークホルダー配慮の強化というのは、ここで出てくる?感があるかもしれないが、想像するに、
英国政府のGreen Paperが準備されていた頃は、ステークホルダー・モデルを標榜する国の多いEUに合わせる意識もあったのかもしれない。先般改定されたICGNのガバナンス原則でもステークホルダーへの目配りというフレーズが目につく。もちろん、今時シェアホルダーモデルを標榜する経済学者もステークホルダーを無視して良いなんていう人はいないので、やぶさかではないが、ここで強調されるのは
Companies Act 2016 のSection 172を巡る議論から出てきているようなのだ。
このSection 172とはなんぞやというと

172 Duty to promote the success of the company
A director of a company must act in the way he considers, in good faith, would be most likely to promote the success of the company for the benefit of its members as a whole, and in doing so have regard (amongst other matters) to –
(a) the likely consequence of any decision in the long term,
(b) the interests of the company’s employees,
(c) the need to foster the company’s business relationships with suppliers, customers and others,
(d) the impact of the company’s operations on the community and the environment,
(e) the desirability of the company maintaining a reputation for high standards of business conduct, and
(f) the need to act fairly as between members of the company.
以下省略
というようにステークホルダー経営がボードの責務として炸裂しているのだ。172の解釈についてはcontraversialという表現もあることから、議論がありそうだが、ボードはこの172への対応を報告する必要があるとすれば、レポーティングにESG情報開示が強化されそうな感じはする。

もうひとつは格差問題への対処だ。格差問題、民間企業の取締役会の課題に加わったということだろう。
メイ首相が、従業員代表をボードに加えるという提案をしたというニュースが流れたのを覚えていらっしゃるだろうか、あれが、これだったわけで、FRCのドラフトでは、従業員代表はマストではなく、もうすこし柔軟なものになっている。
実は90年代以前にもこの従業員代表は浮上したことがあるそうだ。そのときは財界側が潰したということなのだが、今回も
従業員代表をボードに加える
従業員によるアドバイザリーグループをつくる
社外取締役に従業員を代表する役割をアサインする
などの方法で、という表現になっている。
しかし、従業員はemployeesではなくworkforceという表現となっている。これは正社員だけに限定されず、職場にいる人パートタイムや派遣、コントラクターなども含まれるより広いカバレッジと理解されている

ということで、英国CGコード改定は、英国政府からの提案が反映しているということでした。