ESG投資の基本

ESG投資とは(定義)

ESG投資は草の根的に拡がったため、きれいに定義するのは難しい。後発の責任投資原則(PRI)は、PRI策定時にすでにあるESG投資的なものをできるだけ抱合し、かつ受託者責任(Fiduciary Duty)との整合性が保たれるように工夫した結果、
「投資の意思決定においてESG要因を考慮する投資」
となった。

用語の整理をしておくと、PRIの定義「投資の意思決定においてESG要因を考慮する投資」に対応するのは Responsible Investment (RI、責任投資)である。ESG Investing(ESG投資)はあまり一般的ではないが、RIと同義語であり、日本語では「責任投資」よりは「ESG投資」の方がわかり易いという予測で、日本においては「ESG投資」としている。したがって、筆者が英語で発信するときは、「ESG投資」はResponsible Investmentと訳している。

Socially Responsible Investment (SRI, 社会的責任投資)
だいたい同じと表現している。PRI以前にはSRIが存在していた。PRIは策定時にESGという造語をつくったので、Sだけじゃないよねと、SRIのSを取ってRIとした経緯がある。しかし、S(Socially)を取るということは、もうちょっと重大である。Responsibleの形容詞としてS(Socially)は誰に対しての責任かということを示している。だからSRIは社会に対して責任を持つ投資であり、RIの場合の責任は受託者に対するものであるという責任の矛先の変更がなされている。つまり、RIにおいては、あくまでも受託者責任を全うするために、ESG要因を加味するのであって、社会に対する責任を負う投資というわけではない。一方、SRIは投資リターンの他に、社会に対する責任を果たそうとする投資であり、ミッションベースとかバリュー(価値観)ベースと呼ばれ、リターンを犠牲にしてでもとまでいかなくても、儲かりそうだからといって何でも食べるということはしない。企業の向社会性は最低でも求める立ち位置だ。

では、なぜ「だいたい同じ」なのか?それは、PRIの前文の最後のパートのところで、ちらっと「受託者責任を果たすために財務要因に加えてESG要因を考慮しなければならないが、投資家がESG要因を考慮することで、社会の課題解決に資することがあるということも認識している」みたいなことが書いてある。まあ、PRIはSRIを否定してるわけではないというメッセージだ。直接的には投資リターンのためにESG要因を考慮するのであって、社会問題解決を直接の目的にはしないが、まあ副産物的にSRIになるってことはあるんじゃないの、というかなり緩い話だが、既存のSRIの方々にも残ってもらいたいし、投資リターン追求のいわゆるメインストリームに受け入れてもらうための工夫(トリック)といっておこう。しかし、このモヤモヤが、受託者責任問題やESG投資のパフォーマンスの議論がスッキリしない原因でもある。

Impact Investing (インパクト投資)
これは、異なる。ESG投資の範疇に入れるのはかなり無理がある。代表はマイクロファイナンスとプリズンボンドだから、マイクロファイナンスはさておき、プリズンボンドはPPP(Private Public Program)みたいなものなのだ。公的なプログラムに民間のインセンティブを導入しようというものだから、ESG投資というよりは公共政策のエリアに民間投資を導入するスキームである。インパクト債券の購入者は、社会貢献やフィランソロピストとかぶる。対象となるプリズンでの更生や貧困層の福祉という目的に重きがあって、投資パフォーマンスへの着目ではない。本質はSRIの強烈バージョンといっておこう。グリーンボンドでもやたらインパクトという言葉をきくかもしれない。大方のグリーンボンドはインパクト投資にはならない理由は、インパクト投資においては、スキームにレバレッジがある。つまり公共投資として税金や国債で調達して公共セクターがやるより、あるいは寄付などで調達してNPOセクターがやるより、より効率的あるいは効果的になる(市場原理などを利用することによって)ことが必要だ。でなければ、いつもの通り政府やNPOセクターがやればいいことだからだ。
このように、インパクト投資はかなり鬼っ子だが、AUM的には些細なレベルなのであまり目くじらを立てる必要もない。なので、ESG投資の一部ということにしてあってもさほど問題はないが、将来もそうだとは限らない。

Sustainable Investment
だいたい同じ。Sustainable Investmentは、RIともSRIともつかない感がある。パフォーマンス追求なのか社会がサステナブルになりますようにという投資なのか、投資リターンがサステナブルなのか、地球環境がサステナブルなのか、ときに都合よく解釈される。あまり定義だの投資理論だの細かいことをいいたくないときに使われている気がする。ちなみに、Sustainableというと「E環境」と「S社会」を指していると考えてよい。(ガバナンスは別立て)

Green Investment or Green Finance
グリーンボンド用。World BankグループやOECDなど国際エージェンシーでは、グリーンファイナンスが主流。温暖化防止のためにエネルギーインフラの大幅変更や、一気に温暖化を解決するようなイノベーションにむけてお金の流れを変えていく必要がある。そこで金融安定理事会はTCFDを設置した…気候変動対応のアクションは、ちょっと前まではせいぜいStranded Assets(座礁資産)の再評価をオイルメジャーに問いかけるくらいだったが、今ではお金の流れをグリーンにということでまるでバンキングセクターのバーゼル規制に気候変動項目を加える勢いである。ということで、気候変動モノは、オイルメジャーや資源に対するStranded Assets攻撃から、金融とりわけ銀行セクターにグリーンファイナンス要求へとターゲットが変わってきている。グリーンファイナンスといえば、ESG全般というよりは気候変動と考えてよい。だが、ESG要因のうち8割方は気候変動なので、まま、同じでもそれほど問題は起きないが、グリーンファイナンスというと資産運用というよりは金融セクターとりわけバンキングセクターが対象だ。

以上のように、様々なESG投資の呼び方があるが、それぞれの定義も揺れるので、あまり細かいことを言ってもどうかと思っている。表向きにはPRIは、ESG要因を投資の意思決定に考慮するのは、受託者責任上の投資リターン追求を全うするため、としているが、一方で、気候変動においては、なんとか温暖化を2℃に押さえるために投資家ができることは?みたいな論調があちこちにある。不投資で石炭発電を滅ぼしてやる、という勢いの投資家もいて、どうみても本音はSRIやん(そういうことができるかどうかはまた別問題)。世の中的にもESG投資を「社会に対する責任」を意識した投資、つまりSRIと考えている人も多い。

ESG投資のアプローチ(投資手法など)

ESG投資といっても様々で、そのやり方についてはPRI(責任投資原則)も定めていない。ESG投資は草の根的に広がったので、それぞれのESG投資のやり方というものが存在する。言ったもん勝ちという側面もあって、本人がESG投資だといえばESG投資になる。PRIは、自己申告ESG投資の拡大の後に来たので、どれかを認定したり否定したりしない。PRIは最近では運用機関に点数をつけているが、年金基金などアセットオーナーのESG投資の方針にとやかくは言わない。

倫理投資、社会的責任投資、責任投資、サステナブル投資、インパクト投資、環境投資、最近ではグリーンボンドやグリーンファイナンスという言い方もよく耳にする。様々な呼び名は、投資手法に関連しているものもあれば理念を表している場合もあって粒が揃わない。とはいえ、社会にあるESG投資のカタチは、以下4つの形態に分類できる。

ESG Compliant(ESG準拠型)
毎日寝覚めの良い朝を迎えたい投資家向けのESG投資。武器製造会社とか従業員が過労死したブラック企業とか、いくら株価が上がるたって自分のお金が人殺し装置開発に使われるなんてやだ(あくまでも観念的な話)。
ESG Compliantは、何らかのESG基準に見合ったアセットクラスや個別投資先に限定して投資する。株式投資でいえば、ESG基準で一定水準を超えた企業のみを投資対象とする。上場株式のスクリーニング投資であれば、ESG基準を満たす銘柄のみで投資ユニバースが構成される。だから、ESG落第企業はそもそも投資ユニバースに入っていないから、ポートフォリオ自体はESG基準にパスした企業のみで構成されるから、ESG的に安心だ。投資家は自分のお金が、正しい企業にのみ投資されていると胸を張れる。
スクリーニングにはネガティブスクリーニングやベストインクラス(ポジティブスクリーニング)などがある。

ESG Integration(ESG組入型)
投資パフォーマンス追求の投資家向けのESG投資。
Fiduciaryの投資家、つまり機関投資家は、投資パフォーマンス追求ミッションがあるのでこちら。ESG Integrationは、「ESGで勝つ」投資なので、典型的には業種選択や銘柄選択で超過収益を狙うアクティブ運用が取り組む。銘柄選択で市場に打ち勝つアクティブマネージャーは、財務だけでなくESG要素も考慮して銘柄を探す。企業がESG的に良い子かどうかではなく、(経産省的に言えば)価値創造につながる非財務要素を投資アイディアとする。アルファとなるESG要素は、おそらく企業ごとに違うだろう。同じESGテーマでも(パームオイルとか)セクターや企業によって影響度は異なる。また、多くのESGはリスクと思われるが、ビジネス機会にもなりうる。

Stewardship (議決権行使とエンゲージメント)
既存の株式投資のポジションのある機関投資家が行うESG投資。
金融危機を経て、一層機関投資家株主の外部モニタリングの必要性が認識され、いまでは機関投資家の責務(スチュワードシップ)とまで言われている。そもそも企業は誰のものか?所有者は株主といわれてもアングロサクソン企業は株主は広く分散していて、経営者とオーナーとして渡り合えるような状況にはなかった。2000年代に入って、機関投資家が育ち、ブロックホルダーとして登場、少数株主ながら束になれば過半数も夢ではない状態になったことと機関投資家は企業分析を行い経営者のタイマンを張れるくらいのエキスパートも登場したことから、この機関投資家の外部モニタリングに期待が集まることになった。
この機関投資家による株主活動のモチベーションはFiduciaryであり、投資パフォーマンス追求において不可欠な活動ということになっている。逆に言えば、個人投資家はフリーライドできる。このStewardship活動の成果は、なかなか投資パフォーマンスへの寄与分析は困難なため、どれくらいのものか、機関投資家によって巧拙もあると思われるのだが、機関投資家が多い銘柄に投資すると、この機関投資家のStewardship活動の恩恵を受けることができる。また、エンゲージメントファンドはエンゲージメントの効果を株価で刈り取るという投資アイディアだ。
Stewardshipのテーマはプライマリーにはコーポレートガバナンスとなる。株主が経営陣に要求するのは、なんといっても株主価値向上だから、経営陣がよそ見しないで株主の方をみるようにするのがコーポレートガバナンスなので、機関投資家株主が口を開けばそりゃガバナンスのことになる。サステナビリティを意識するESG投資家は、様々な旬のE&Sの項目について聞くだろうけど、どちらかというとインフォマティブ(情報提供)であることが多い。

インパクト投資
SRIの発展形で、社会政策と投資リターンを両立させ、どちらかという社会政策(社会問題解決)に主眼がある投資。この点が、上の3つと根本的に異なっていることに注意。したがって、別建てで考えた方がよいが、AUM的には大きくないので、一緒にしてもあまり影響はない。
典型的にはマイクロファイナンスやコミュニティ開発がある。マイクロファイナンスはグレミンバンクのユナス博士の発明、コミュニティ開発は長らく米国の貧困対策政策として行われてきた政策金融。最近はプリズンボンドのようなインパクト債券というPPPに似たスキームのものもある。
開発援助や公共政策のオルタナティブ(代替)という側面とBOPビジネス投資開発という側面がある。と書くと、思いつくのはSDGsやグリーンファイナンスだ。これらは、古くはWorld BankやIMFがになってきた復興や開発ファイナンスのエリアに民間資金が流れ込んでいくイメージだ。ゴールは壮大だが、民間資金という水は低いところにしか流れないので、今のところ大激流は起きていない。グリーンボンドは、発行体にもよるがインパクト投資の範疇になっている。
ファイナンシャル以外のインパクトを投資の果実とするのは、Fiduciaryにはきついため、SWFやHNW(富裕個人)が中心。また、B-Corpなども含めてサステナビリティやプロソーシャル(向社会)は、ミレニアル世代の指向と指摘されることが多い。

インパクトボンド

インパクトボンド(Impact Bond)は、社会的インパクトボンド(Social Impact Bond)とも呼ばれるが、日本のJICAや学生支援機構が主張しているソーシャルボンドとは異なる。

インパクトボンドは、社会への影響(インパクト)を目的に発行され、クーポンや償還が資金使途である公的なプログラムの成果に連動している債券を指しており、債券種目というよりはPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)に近いPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)と考えた方が良い。

福祉など公的なプログラムは、市場原理が働かないため、効果がなくても漫然と運営されていることが多い。日本でも公共政策の業績評価(Public program evaluation)はほとんど行われていないだろう。全く効果のない公共政策も、「やることに意義がある」状態になって止められない。公共サービスはいわゆる市場が失敗するため、公共サービスの効率性とか最適政策とかは経済学的にも担保されない。ひとえに公務員のやる気と人徳にかかっているが、精神論は持続的(サステナブル)なシステムではない。

そこで、公共政策に市場原理というかインセンティブを少し導入すると良いのではないか、というのがインパクトボンドのアイディアだ。

最初のインパクトボンドはプリズンボンドだった。プリズンボンドは、刑務所の更生プログラムの資金調達で、刑務所から出た人の更生比率の改善度(再犯比率の低下)にクーポンが連動するというものだ。英国で最初の実験的プリズンボンドが発行され、その後、米国でも発行された。米国版プリズンボンドは。NYにあるライカー島の少年刑務所の再犯率の低下にクーポンが連動するというスキームで、マイケルブルンバーグがNY市長だったときに、発行しゴールドマンサックスが引き受けた。この米国のプリズンボンドのスキームははっきりとは知らないのだが、このプログラムのオーナーはブルンバーグ財団で、残念ながら1年目の再犯比率の低下が目標に僅かに届かずプログラムは終了し、プリズンボンドは元本の75%で早期償還となってしまった。目標には届かなかったが、再犯比率の低下で成果は出ていたようなので、プリズンボンドとしての成果、つまり公共プログラムの刺激を加えるというのはあったのかもしれない。英国のプリズンボンドも3年で終了した。

思うに、ボンドホルダーがヤキモキしても、公的プログラム、特に更生など専門性の高いプログラムを債権者として外部モニタリングできるのか?というあたりがすっきりしないので、まだスキームが緩い感じがする。

プリズン以外のケーススタディとしては
豪のニューサウスウェールズ州政府が出しているインパクトボンドがある。NSW州政府は虐待で保護された子どもの家庭再建率(親元に戻れた)にクーポンが連動するという7年債のインパクトボンドを出している。毎年の家庭再建率を加味してクーポンが決定されるが、最終償還時に最終出来上がりの平均値で均してクーポンを調整するのだそう。州政府は、この公的サービスの資金提供者に、プログラムの成果に応じて高いクーポンを支払う。
発行金額は大きくはないし、ほとんどの投資家はHNW(お金持ちの個人)のようだったが、キリスト教系のスーパーファンドが機関投資家として参加していた。このスーパーアニュエーションスキーム(豪のDC年金)は、100%ESG投資だが、なかでもインパクト投資にも取り組んでおり、その社会インパクトもレポートしている。信心深い人も安心のDC年金なのだが、このNSW州のインパクトボンドを最初にきいたときは、なかなか投資できるような代物ではなかったという。いろいろ提案して今の形にするまで結構おせっかいを焼いたと言っていた。パブリックセクターやNPOセクターとインパクト投資の機会を生み出すにはESG投資家もスキーム構築から参画する必要があるようだ。

いずれにせよ、Fiduciaryにとっては、リスクリターンのプロファイリングの難しい債券であるし、社会インパクトの評価は投資パフォーマンスには勘案できないが、顧客は間違いなくそちらに興味があるのでレポーティングも必要だろう。欧州の年金や米国の公的年金基金などには、極々小さなインパクト投資のプログラムがあり、そこの枠から出すことは可能かもしれないが、これがアセットクラスを構成するようになると、それはそれでポートフォリオ管理上悩ましい。アンダーパフォームした場合、公的サービスプログラムも失敗したわけで、なんかルーズルーズになってしまうというのも問題で、そもそも投資の意思決定がやりにくい。どこかで専門のマネージャーが現れるかもしれないが、そこまでコストをかけられるだけの投資機会になりうるのか怪しい。なので、今のところリザーブファンドのような余裕のある公的年金基金の余技か社会貢献の域を出ないと考えている。

こういったインパクトボンドも含めたインパクト投資の世界もフォローしていきたいと思っている。(が、あまりできていない)

PRI署名機関投資家のコミットメントとは

文字通りのPRIは機関投資家のESG投資へのコミットメントを示しており、
PRIに署名するとは、まさにこのコミットメントへの署名である

Signatories’ commitment(署名機関のコミットメント)は比較的短い文章で、まず

“As institutional investors, we have a duty to act in the best long-term interests of our beneficiaries. In this fiduciary role, we believe that environmental, social, and corporate governance (ESG) issues can affect the performance of investment portfolios (to varying degrees across companies, sectors, regions, asset classes and through time).

私たち機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務があります。この受託者の 役割において、(ある程度の会社間、業種間、地域間、資産 クラス間、そして時代毎の違いはあるものの) 環境、社会、 企業ガバナンス(ESG)課題が投資ポートフォリオのパフォーマンスに影響する可能性があると考えます。

という前置きがある。

PRIが対象にしているのは受託者責任のある機関投資家であり、
ESGはパフォーマンスに影響すると考える

だからPRI第1原則

私たちは投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込みます。

となる

このコミットメントの一番ストレートな理解として、ESG投資のアプローチとしてしっくりくるのはESGインテグレーションだろう。
株式では業種あるいは銘柄選択を行うアクティブ運用において、ESG要素を組み入れるというものだ。もちろん投資リターンに影響するESG要素を組み入れようとするだろう。

ネガティブスクリーニングは、ユニバースを縮めるという点で利益最大化の使命に反する
市販のESGスコアやESGインデックスは、パフォーマンスに影響するという観点で作られていない

また、PRI第2原則は

私たちは活動的な所有者となり、所有方針と所有習慣にESG問題を組み入れます。

と議決権行使やエンゲージメントをESG投資のアプローチと認めている。

ネガティブスクリーニングはもはや保有しないので、第2原則にある株主行動はできない、という点も気をつけたい。
パフォーマンスに影響するという観点で作られていないESGスコアを上げるように、保有している企業に対してエンゲージメントするのも利益最大化のテーゼに反する。

ESG投資のアプローチを考えるときには
そのESG要素が投資先企業のLong-term Value Creationに繋がっているか
が重要である。

[end]

責任投資原則(PRI)のはじまり

この8月にアナン元国連事務総長が亡くなった。ノーベル平和賞を受賞された初のアフリカ出身の事務総長であり、輝かしい功績が沢山ある方だが、ESG投資業界でもPRI誕生に関わっていた。ここ10年くらい「ESG投資セミナー」でESG投資を紹介してきたが、その中でPRI誕生の経緯にアナン氏のリーダーシップがあったことを話してきたので、ここで紹介しよう。

アナン国連事務総長は、世界経済フォーラム(ダボス会議)において

投資家の皆さん、世界は皆さんの掌の上にあるのです

と呼びかけたのです。これにグローバルの機関投資家が応じたのが責任投資原則(Principles for Responsible Investment,PRI)です。アナン総長の呼びかけから実に3年ほどかかりました。ESG投資は草の根的に広がっていますから、全て内包できるような原則が求められていました。当時は、社会的責任投資(SRI)という呼び方が一般的でしたが、このSRIの枠にはまらないものも多くあったのです。結局、「ESG」という造語をつくり、バラバラ感を乗り越え、2006年NY証券取引所で公表しました。スターティングメンバーとして60ほどの機関投資家が署名しました。

セミナーだとここまでだが、もうすこし詳しく書いておくと
実際、PRIを実務的に生み出したのは、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)である。UNEP FIは割に表に出てこないが、この業界では要所となる仕事をするイニシアティブだ。

PRIを策定するにあたって最初の課題は

社会的責任投資(SRI)は受託者責任違反かも(ESGのためにリターンを犠牲)

そこでUNEP FIはフレッシュフィールズ・ブルックハウス・デリンガー法律事務所に
A legal framework for the integration of environmental, social and governance issues into institutional investment
を書いてもらい、

ESGインテグレーションこそ受託者責任が要請するもの(ESGは投資パフォーマンスを強化する)

としてこの問題をクリアした。

次の課題は、すでに草の根でESG投資を実践する投資家が全員参加できるようにすることだった。それぞれESG投資家たちは、自ら開発してきたという自負もある。「ESG」 という造語もその工夫。原則1には、

投資においてESGの課題を考慮する(投資の意思決定に組み入れる)

とだけ書かれている。原則はアスピレーショナル(大志)なものだとして、どういうものがESG投資か、すなわち投資手法については示していない。おかげで、それぞれがESG投資と思うところを実践すれば良いということになり、実際初期の頃は、これからESG投資に取り組もうという段階で、まずはPRIに署名していろいろ情報を集めようという風にPRIは活用されていた。このインクルーシブなところが、現在のPRIの成功に結びついているのだろう。

受託者責任(フィディシュアリ・デューティ)

ESG投資には、受託者責任(Fiduciary Duty)について避けられない議論がある。

受託者責任(Fiduciary Duty)とは

一般的には、他者の信認を受けて裁量権を行使する者が負う責任と義務をいう、企業年金では、管理運営にかかわる者(受託者)がその任務の遂行上、当然果たすべきものとされている責任と義務のことをいう。

企業年金連合会ホームページより

受託者責任(Fiduciary Duty)といえば、米国の企業年金を規定するエリサでしょう

≪エリサ法 404条 和訳≫
受託者の義務(Fiduciary Duties)
404条 受託者が義務を果たすのは、専ら加入者及び受益者の利益のためだけであり、 (A)次の2つの目的のためだけである。[忠実義務]
(i)加入者及び受給者に給付を行う。
(ii)制度を管理するために適正な費用を支出する。
(B)同様の能力を持ち、そのような問題に精通している慎重な人間が、同じ特質と
同じ目的を持つ資産の管理において、直面している状況の下で用いるであろう、 注意(care)、技術(skill)、慎重さ(prudence)及び勤勉(diligence)を もって行う。[慎重な専門家の注意義務(プルーデントマンルール)]
(C)多大な損失の危険を最小限にとどめるべく、そうすることが明らかに慎重でな い場合を除き、投資を分散する。
(D)本法の規定に合致している限り、制度を規定する文書や契約に従う。

受託者責任等について
厚生労働省年金局 平成26年12月1日より

年金基金は加入者や受給者の利益のためだけに職務を遂行する。つまり年金基金の運用はパフォーマンス追求であり、リスク勘案後の投資リターンの最大化でなければならない。社会的責任投資(Socially Responsible Investment)は社会問題解決と投資リターンの2兎を追う投資なので、この唯一の目的(加入者や受給者の利益のためだけ)に反するのではないか、という議論がまずある。さらに、投資リターンを犠牲にして(あまり儲からないが)社会的責任を果たすというのもフィディシュアリブリーチ(受託者責任違反)にあたるのではないかという議論を、「受託者責任問題」という。

これについては、1998年のカルバートレターでDOL見解が出ている。投資リターンに遜色なければ、社会的なコーズを考慮しても構わない、つまり年金基金のSRIはOKというものだった。
Problem solved.

とはいかなかった。「投資リターンに遜色なければ」というのは曲者だ。なんらかのスクリーニングを入れてユニバースを縮めると、分散効果で不利になる。当時のSRIはネガティブ、ポジティブいずれにせよスクリーニングファンドだったので、もやもや感が残るものとなった。

2006年に公表されたわれらがPRI (責任投資原則)においては、PRI策定にあたって、PRIが機関投資家、つまり年金基金というFiduciaryの投資家を対象としていたため、この受託者責任問題はなんとしてもクリアすることが必要だった。そこでフレッシュフィールズ法律事務所が、各国の受託者責任問題を議論し、「ESGを考慮することは、長期的な投資リターンに貢献するので、受託者責任違反にならない」
それどころか、「財務だけで投資判断するより、より多くの情報、財務+ESGを使うことは受託者責任上の要請である」とまで言い、年金基金の責任投資にゴーサインを出した。(PRIではSRIではなくResponsible Investment(RI)という)

ここでも、投資判断にESGを組み入れる(ESGインテグレーション)ことなので、やはりスクリーニングは厳しい。厳密にいえば、PRIにおけるRIにスクリーニングは入っていない。

英国の大学関係の職域年金であるUSSにインタビューしたとき、英国ではネガティブスクリーニングは、受託者責任違反になる可能性が高いとのリーガル見解が出ているため、スクリーニングは一切行わないといっていた。ただし、USSの株式ポートフォリオはインハウスのアクティブ運用で、グローバル株式でたった500銘柄しか保有していない。もちろんエネルギーセクターやタバコセクターに魅力がないため保有していない可能性は高いが、あくまでもアクティブの銘柄選択の結果である。

それから10年、PRIの署名機関は増えたが、受託者責任問題が消えたわけではなかった。
2015年にPRIは、“Fiduciary Duty in the 21st Century”(21世紀の受託者責任)というレポートをまとめ、
「ESG投資を年金基金に積極的に推進する法規制を定めた国はひとつもない」
とロビー活動に力を入れている。

スクリーニング(ESG準拠もの)は、厳密には受託者責任で引っかかる。
PRIにおいて受託者責任をクリアしたのはESGインテグレーションだけだったのに、ESG投資の半分以上を占めるスクリーニングを否定できなかったので、受託者責任問題も残ったということなのだろう。

ネガティブスクリーニング、ネバーダイ(米国編)

ネガティブスクリーニングはESG投資のもっとも伝統ある基本的な実践方法で、グローバルESG投資の半分くらいはこれと思っておいて間違いない

90年代米国のSRIといえばネガティブスクリーニングのことを指していた(まだ、ESGなどという言葉もなかった)
元々営利企業は悪い奴が多い。儲けるためには何だってする。世の中に不幸を撒き散らして利益を上げる悪徳企業、労働者から搾取して儲けにする企業、まがい物を作って消費者を騙して儲ける企業、こんな企業の株式に投資したくない。そんな株から利益を得るなんて、後ろ指差されそうだ。というのがスクリーニング投資の原点だ。
朝気持ちよく寝覚めるために、と言う人もいる。英語ではSRIをGood sideの投資、メインストリームをBad sideの投資なんていう。

米国にはネガティブスクリーニングの伝統がある。
最初のSRI投資信託をローンチさせたのはメソジスト教会関係者だったが、いまでは広く公的年金基金や個人の401KプランにもSRIの選択肢が用意されている。ネガティブスクリーニングされるのはタバコ、ギャンブル、アルコール、武器製造、動物実験、動物愛護、労働者保護など多岐にわたるが、社会運動としてのダイベストメントが盛り上がったイシューとしては、90年代の南アフリカアパルトヘイト、2000年代のタバコ、そして現在の化石燃料や石炭がある。

アパルトヘイトについては、その廃止にダイベストメントキャンペーンの成果という評価がある。これは経済制裁同様、資金源を断つことで「圧力」がかけられると考えられている。2000年代もイランやミャンマー、スーダンといった国の軍閥政府とビジネスをする企業を不投資としてきた。半分くらいの州に公的年金基金のイランやスーダンの不投資が議会で決議されている。当然、米国の外交政策とのアライメントがあり(最近ミャンマーは外れたようだ)、資産運用を民間の純粋な経済活動という捉え方をすると(日本ではそうだと思うが)この政治的なダイベストメントは違和感があるかもしれない。私は、とりわけ公的年金基金のESG投資は政治的な要素があるという風に理解している。巨大機関投資家は先進国が、国際社会への影響力を発揮するツールの1つだ。

最近の化石燃料や石炭不投資については、温暖化を懸念する大学の学生や教授達が大学のエンダウメントに不投資を求める請願を出している。米国の大学のエンダウメントはハーバード1兆円ファンドを筆頭に年金基金並みの資産運用をしているところが多い。昔を知る人は、ちょうどタバコの不投資もこんな感じで始まったと言っていた。エンダウメントの中には、石炭不投資を決めるところも出てきている。公的年金でもカルフォルニア州政府も公務員年金基金に石炭不投資を指示している。実際に実行した投資家はAUMベースでみればそれほど多くはないと思われるが、アドバルーンとしては多いに盛り上がっている。そのニュース性や社会への浸透が不投資の効果だという言う人もいる。本当に、石炭のダーティイメージは定着している。ニューヨークでは炉端焼きの店はチャコールは使えないそうだ。そりゃ木炭でしょ。Coalね、いけないのは。石炭は採掘関連企業が対象だったが、最近では石炭発電も対象になっている。電力会社や発電設備のあるメーカー、新規石炭火力プラントを立てる企業も入る可能性がある。