たまご会社の賄賂とAnimal Welfare and more

東京地検特捜部は、吉川元農相を収賄の疑いで在宅起訴した。大臣室で500万円の現金を大手鶏卵生産会社であるアキタフーズの秋田社長(当時)から受け取ったとされる。業界団体の役員でもあった秋田社長は、2018年に国際獣疫事務局(OIE)から示された採卵鶏に関するAnimal Welfare (AW)の国際基準のプッシュバックを吉川農相に依頼。秋田社長からの反対要望書を受けて、農水省は2回に渡って反対意見を表明し、プッシュバックに成功した。秋田氏も贈賄で在宅起訴となっている。吉川氏は、賄賂ではなく、政治献金だったとしている。

特捜部としては賄賂が成立するという部分が鍵だが、ESG的には賄賂か政治献金かが大事ではない。政治献金だったとしてもけしからんということだ。米国では、この手の政治献金については毎年エンゲージメントのテーマにあがっている。米国企業の中には、表向きサステナビリティに理解を示しつつ、裏では、サステナビリティの基準や環境規制が入らないようロビー活動を繰り広げたり、そういうロビー活動をしているNPOなど諸団体に寛容な寄付をしたりしている企業もある

今回は、日本のあるあるケースでもある。大臣室でお金を渡したり、農林水産省の担当官僚を接待していたというのは、あまりに直接的で下品だと思うが、業界団体が陳情して経産省や農林水産省が国際基準のプッシュバックを試みるというのは、極めて日本的情景だ。アキタフーズというより鶏卵業界は、長期的な畜産のサステナビリティという観点よりも足下のコスト増を嫌がって、農林水産省にお願いして、鶏舎を広くたり、巣箱やとまり木を入れて鶏に優しくするのを勘弁してもらったというわけだ。

Animal Welfareってそんな御大層なものなのか、と思った貴方に、出羽の神である筆者が、ESG投資業界で見聞きしたAnimal Welfareや畜産業界に対する問題意識を幾つか紹介してみよう。

Animal Welfareの定義については、日本語ウィキペディアがしっかりしている。日本語Wikiは、英語Wikiに比べると良記事のヒット率はあまり高くないイメージだが、以下、日本語ウィキペディア「動物福祉」の記事から引用する。

動物福祉(どうぶつふくし、英語:Animal welfare)とは、一般的に人間が動物に対して与える痛みやストレスといった苦痛を最小限に抑えるなどの活動により動物の心理学的幸福を実現する考えのことをいう。

動物福祉:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

動物とは、家畜動物、展示動物、実験動物、愛玩動物、野生動物を指す。ここでは家畜動物のAWについて議論するが、他の動物についてのAWもESG投資にしばしば現れる。動物実験は米国SRI投資信託のネガティブスクリーニングの伝統的なクライテリアのひとつだし、毎年米国の株主提案にはAWや動物愛護ものが出される。シャチのような大型哺乳類を狭いプールで飼育し、芸をさせるべきではないというAWな提案がなされたこともある。そして、地球温暖化により野生種は大絶滅の危機にあるともいわれている。野生動物の生物多様性の維持は、最も喫緊の重大かつ困難な、つまり超マテリアルな課題として認識されている。

さて、家畜動物のAWの国際基準は、「5つの自由」の原則をベースにする。

  • 飢えおよび渇きからの自由(給餌・給水の確保)
  • 不快からの自由(適切な飼育環境の供給)
  • 苦痛、損傷、疾病からの自由(予防・診断・治療の適用)
  • 正常な行動発現の自由(適切な空間、刺激、仲間の存在)
  • 恐怖および苦悩からの自由(適切な取扱い)

家畜動物のAWで先行するEUでは、EU法によって「5つの自由」に照らして家畜ごとの詳細な飼育基準が決められている。採卵鶏の場合でいえば、日本の典型的な鶏舎のように、従来型の身動きの取れないような金属ケージでの飼育は、AWを満たさない。もう少し広さがあって鶏が動くことができ、巣箱や止まり木が設置されているようはケージが求められる。そして、理想的にはケージフリー、いわゆる平飼いが最も良い。CSRの基準である、GRIでは2000年からの国際獣疫事務局(OIE)の国際基準に即したAW加工食品の基準がある。食品安全性においても、The Bulletproof Diet (邦題:シリコンバレー式 自分を変える最強の食事)のデイブ・アスプリー も、ブレットプルーフ(安全)な卵は、平飼いで飼われている鶏の卵だという。AWは鶏をコンフォートにするだけでなく、「おいしくて体に良い卵」を生産するのに役立つ。

いや、そもそも養鶏なんてグロテクスなことをするべきではないという議論もある。鶏卵は、鶏という生き物を使って生産される。アキタフーズのWebページにも、日本で唯一の完全直営一貫生産システムとして、種鶏農場、ふ卵工場、育成農場、採卵農場の説明があるが、どの写真も狭いケージに鶏が並んでいるか、工場チックなものだ。ふ卵工場にはひよこの写真が使われているが、大切に育成されるのは規格に適ったメスのひなだけだろう。Factory Farming でググってみると、工場製品のように扱われる悲惨な家畜のYouTube動画がワンサカでてくる。卵より食肉生産つまり、工場内で食肉として生産される仔牛や豚の方がさらにグロテスクだが。

Factory Farmingという言葉を知ったのは、2017年4月のサンフランシスコで開かれたCeresのカンファレンスである。FAIRR(Farm Animal Investment Risk & Return)は、Factory Farmingのアドボカシーをやる機関投資家のイニシアチブだ。PE会社コラーキャピタルの創立社長のジェレミー・コラーがつくったNPOで、Factory Farmingの問題をリサーチし、機関投資家に情報提供したり、機関投資家を募って食品会社やレストランチェーンにエンゲージメントを展開している。ファーストフードチェーンに対して、抗生剤非使用の食肉を使うよう求めたエンゲージメントについてプレゼンされていた。また、カンファレンスのビーガンランチの間、ジェレミーとビヨンドミートの創業CEOのイーサン・ブラウンが対談し、次世代の(あるいは脱炭素社会の)サステナブル・フードの在り方について、語っていた。

ESG投資家は現代畜産のサステナビリティを考える。

2000年代、原油価格と共に農産物商品価格が高騰した時期があった。ブッシュ政権のガソリンにエタノール添加規制でトウモロコシ価格が上がったということもあったが、急成長をとげる中国の13億の人口が欧米型の食生活になれば、世界中の食糧を食い尽くすという妄想が市場には漂っていた。結局、世界的な食糧不足にはならず、石油価格が折り返し、いつしか農産物商品価格の高騰も終焉した。

世界人口100億人時代、十分な食糧生産ができるのか?食糧不足になるのではないか?と不安に思う人は多くいる。牛一頭仕上げるのに、どれだけ穀類を(配合飼料として)消費し、水を多量に使うか、という話はよくでてくる。そして、中国の中産階級が、欧米人のごとくTボーンステーキをたらふく食べるようになったら、どんだけ牛が必要か?新興国が豊かになれば、先進国、つまり欧米のような食生活になるに違いない。さらにフロンティア国も後に続くとなれば、世界中の(欧米からみて遅れた)人々が欧米型食生活にキャッチアップする、つまり肉食や乳製品のスカイロケットな需要に耐える畜産は世界的に可能とは思えない。アマゾンの熱帯雨林は全部牧草地になってしまう。先進国の畜産を人口100億人時代に直線的に拡大していって、地球環境が耐えられるのか?といったことだ。

個人的には、この議論にはいろいろ穴があるように思っている。アジアの多様性を考えれば、アジアの食生活が、おしなべて欧米化することはないだろうし、人口増のホットエリアであるインドで肉食が加速することも考えにくい。人口増加と食糧生産増加は、にわとりとたまご問題でもある。

たかが、畜産と思うことなかれ。ジャレッド・ダイヤモンドの「Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Society(邦題:銃・病原菌・鉄:1万3000年にわたる人類史の謎)」によれば、食糧生産、つまり作物栽培と家畜化が人類発展の契機だったという。畜産は社会発展をもたらす一方で、まちがいなく地球における動植物の生態系に影響を及ぼしてきた。そして、人類の他の動物種に対する究極の搾取(exploit)でもある。このあたりの話は、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー「Sapiens: A Brief History of Humankind (邦題:サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福)」に強く強調されている。ちなみにハラリ氏は家畜への同情を禁じ得ず、今はビーガンなのだそうだ。

Ceresのカンファレンスでジェレミー・コラーと対談していたイーサン・ブラウンの会社ビヨンドミートは、見分けがつかないくらい本物の肉に近い人工肉を植物原料から合成し、畜産の替わりにたんぱく質を提供しようというビジネスだ。ロンドンのサステナビリティ投資の運用機関、ジェネレーションIM社のマーク・ミルズは、オフィスのすぐ近くにできたビヨンドミートのハンバーガー屋の味に太鼓判を押している。米国の食肉大手のタイソンは、投資家から畜産に代替する植物由来のオルタナティブ・ミートへの投資を勧められている。一方で、米国の畜産業者は、「ミート」は動物の肉だけにしか使えないように、各州の裁判所に訴えてもいる。「ミルク」での失敗を繰り返さないためだ。ソイミルク、アーモンドミルク、ライスミルク、乳製品と関係ない様々なミルクによって乳牛ミルクのシェアは落ちる一方なのだ。1万3000年前に人類の飛躍をもたらしたという畜産を卒業する日がくるのだろうか?これは、「化石燃料エネルギーから卒業できるのか」と同じくらい壮大なESG課題なのである。

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