ビッグイシューすぎる気候変動はちょっと置いておいて、
過去、ESG投資家が取り上げてきたESG問題には、具体的なケースとして、カカオの児童労働、フィリピンのスウェットショップ、パームオイルの森林破壊、海洋プラスチック問題などがある。これらは、世界中で観察される様々な環境問題や社会問題だ。つまり、既にそこにある問題だ。
たいてい企業の環境破壊の事故や不祥事は、事前にはノーマークなことが多く、事故などをきっかけにESGの問題として認識されることが多い。BP社のメキシコ湾沖の海底油田の原油流出事故、TEPCO福島原発事故、VW社のディーゼル排ガス不正、どれもESG優等生企業が起こし、全投資家がディープウォータードリリングや原発のリスク、クリーンディーゼルの嘘っぱちに気がついた。
このように、ESG問題については後追いなことが多い。カバレッジが大きすぎるということもあるだろうが、総花的なESGスコアで事前キャッチできたということは、はっきりいって全く無いのだ。
しかし、本来、投資やリスク管理はフォワードルッキングでないといけない。
気候変動の問題は、2100年時点の平均気温上昇を抑えようというフォワードルッキングな議論だ。だからいろいろと難航しているのだが。
新型コロナウイルスのパンデミックをESG投資がどれくらい認識していたかについて、自分の記憶を辿ってみた。
結論からいえば、やっぱり「パンデミックへの備え」が中心テーマになったことは、あまりなかった。あくまでもグローバルESGウォッチャーを自認する筆者の記憶においてだけれども
システミック・リスク
2018年のICGN年次総会は、コーポレート・ガバナンスの会議としては珍しくイタリア、ミラノで開かれた。そのとき訪れたミラノ大聖堂(Duomo)が、イタリアの新型コロナウイルス感染拡大のニュースで何度も映し出され、その度にああミラノはどうなっているのかと思う。
このICGNの会議で、次の年に急逝した元ICGN会長のPeter Montagnonが、「倫理とシステミック・リスク委員会」の議長として、システミック・リスク一覧表を示していた。その中に疫病(Epidemics)も確かに並んでいた。
この頃、やたらシステミック・リスクがESG投資業界に広まっていた。あちこちで「システミック・リスク」が聞こえてくる。
これには、金融人として、かなり違和感を覚えた。なぜなら
システミック・リスクとは、個別の金融機関の支払不能等や、特定の市場または決済システム等の機能不全が、他の金融機関、他の市場、または金融システム全体に波及するリスクのことをいいます ー日本銀行
だからだ。
ESGのコンテクストでシステミック・リスクが出てきたのは、おそらく、気候変動が、ESGイシューの1つからシステミック・リスクに格上げになったから、というのが筆者の解釈である。
そうしたのは、TCFDだ。
TCFDは、金融安定理事会が設置し、一般企業に気候関連リスクの財務開示を求めているが、なぜその財務開示が必要かといえば、それは最終的に、銀行が自らの融資ポートフォリオの「気候リスク」を管理するためで、バーゼル規制下、銀行のリスク管理のリスクメニューに「気候リスク」を入れるためだ。「気候リスク」は金融システム全体に波及するシステミック・リスクだからだ。
さらに「資本市場全体に影響を及ぼすシステミック・リスク」は、ESG投資業界のユニーバサルオーナーシップ議論やパッシブ運用のエンゲージメントなどと相性がいい。企業価値への影響(マテリアリティ)を確認しなくても、長期投資やパッシブ運用を前提にすれば共同エンゲージメントの大義になる。
このため、気候変動だけでなくシステミック・リスクは拡大する。
先に出したICGNの倫理とシステミック・リスク委員会の一覧表の、環境のカテゴリーには
気候変動、低炭素経済移行、公害(プラスチック)、化石燃料、森林伐採、遺伝子組み換え食品、砂漠化、水不足、疫病
が並んでいたので、ちょっと待った、これ全部がシステミック・リスクなの?と言いたくなってしまったのだった。
ん、ちょっと待った、そうこのリストの最後に疫病(Epidemics)があったのだ。
しかも「環境」カテゴリーに。
これが、唯一、ESGイシューリストに疫病(Epidemics)をみた記憶だ。
今起きている新型コロナウイルスのPandemic(世界的なEpidemic)は、感染拡大そのものがシステミック・リスクのようだし、経済を一時停止(人為的にやっているのだが)させ、株価急落、景気後退の入り口かもしれないと資本市場全体に影響するシステミック・リスクそのもののようだ。
Pandemicというシステミック・リスクについて考えていたESG投資家はいたかもしれないが、少なくともウォッチャーの目にはとまったのは、Peterの荒っぽいシステミック・リスク一覧表だけだ。もっとも、めったに起きないが起きたらインパクトが振り切れるリスクはの対処は、放置するか、保険を買うというものだ。Readiness(備え)として何ができたのか、という問題もあるかもしれない。