グローバルESGウォッチャー改め、ジャパンガバナンスウォッチャーです。
日産、リクシルの次はアスクル(2678)だ。
アスクルの株主総会で、岩田CEOと独立取締役3名の選任が否決された。
親会社のヤフー(41.67%)と2位大株主のプラス(10.74%)が、8月2日に開催されるアスクルの株主総会に先立って、岩田CEOと独立取締役3名が選任に反対票を議決権行使で事前に投票し、その旨を公表していた。日本企業の場合、通常は親会社や安定株主の議決権行使ですでに賛成が過半数に達していて、総会はシャンシャンというのが定番なのだが、アスクルの場合は、1位2位合わせて、52.41%あるため、この議決権行使ですでに否決されることが決まっているという、いつもと真逆な情景を生み出した。
これにはアスクル側というか岩田氏が大反発(当たり前だが)。とりわけ、ヤフーが岩田CEOだけでなく、独立取締役3名に対しても任命責任があるとして反対表明をすると、否決予定の独立取締役も、緊急記者会見で、ヤフーの横暴看過するまじ、ヤフーとの業務提携を見直せ(解消という意味だろう)と意見表明するなど「親会社ヤフーの横暴」モード全開となった。
日本取締役協会(宮内会長、冨山委員長)は緊急意見「日本の上場子会社のコーポレートガバナンスの在り方(2019)」を表明、
日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークも「支配株主を有する上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する意見」を表明、それぞれアスクルが自社の主張「親会社ヤフーの横暴」の支援材料としてホームページでリンクを貼って紹介している。
この反応の良さは、なぜかというと、まさにアスクルのような上場子会社のガバナンスが、我が国のガバナンス改革の今年のホットテーマだったからだ。経産省はこの6月に「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を、第2期コーポレート・ガバナンス・システム研究会の成果として発表している。金融庁のCGコード・SSコードの有識者会議においても次の論点として、上場子会社のガバナンスがあげられている。
ところで「グループガバナンス」って何?
以前は、従来、クロスボーダーM&Aで取得した海外子会社の管理のことを指していたような気がするが、上記のMETIのグループガイドラインには以下のような問題意識があったとしている。
「現在の我が国企業のガバナンスの議論は、本社のトップマネジメントをどうするかとい う議論に集中しているが、グループ企業のガバナンスをどうするかという問題について は議論が十分にされておらず空白地帯として残っているという指摘があった」
え、この連結決算の時代に、ガバナンスは本社単体という認識だったのか?という驚きは別にして、持株会社形態になっているグループ企業のガバナンスを考えようということになり、そうなるとクローズアップされてきたのが日本の株式市場に跋扈する「上場子会社」だ。東証によれば、支配株主がいる上場企業は630社あまりあり、上場企業のなんと2割を占めるという。
日本取締役協会も日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークも、お怒りの点は、親会社であるヤフーが、CEOの解任だけでなく、指名責任があるとして3人の独立取締役も選任に反対したことにあり、このような親会社によって罪なき独立取締役を不再任にするという横暴がまかり通ると「上場子会社において少数株主の利益を保護するための実効的なガバナンス体制を構築することなど不可能になる。」
さらに、「上場子会社の独立取締役は少数一般株主の利益を守るために重要な役割を果たす」のであるから、親会社が数の論理で、なんの咎もない独立取締役をクビにするとあらば、ガバナンスの基本構造が成り立たなくなる。
そうだろうか?
お下品だった
確かに、上場子会社の親会社がCEOを交代させるケースは、伊藤忠デサントのときと同じだが、議決権行使で株主総会の選任議決で否決するというのは、滅多にないだろう。ヤフーからの取締役が2人いるしプラスの社長も取締役だから、事前に話し合う機会はいくらでもあった。このやり方に対して、ちょっと下品なのではないかという批判は、外人も同意するだろう。最終的な所有者であるソフトバンクGの総帥、孫さんも、この点については自分のやり方ではないとコメントされているようだが、ヤフーとプラスが株主としての権利を行使したことについて法的にもガバナンス的にも問題はない。
少数株主のこと考えてる?上場子会社のガバナンス体制について
アングロサクソンにかぶれた立場からいうと、そもそもコーポレートガバナンスとは、株式会社が所有(株主)と経営が分離したために発生するエージェンシー問題の緩和を目的としている。自己利益に走りがちな経営者(エージェント)を、正しく株主(プリンシパル)価値最大化のために働かせる仕組みがガバナンスである。所有と経営が分離していない場合には、エージェンシー問題が発生していない。つまり経営権を持つ支配株主がいるcontrolledの会社には、そもそもエージェンシー問題はなく、その意味ではガバナンスは要請されていない。
上場子会社の少数株主保護は可能なのか
支配株主とその他の少数株主がいる上場子会社では、少数株主が受け取るべき利益を支配株主がrip off (搾取する)ことが可能である。支配株主にはそのインセンティブがある。支配株主が悪いやつだからではなく、企業価値最大化を目指す株式会社の合理的行動としてrip offする。rip offする余地があるのに、していなかったら、親会社の株主がツッコんでくるだろう。経営陣のエントレンチメントではないかと。
どうやってrip offするかというと、上場子会社で出した利益は、配当やキャピタルゲインで少数株主に流出する。親会社としては、上場子会社の利益にするよりは、親会社との関係取引をうまくつかって親会社の利益に付け替えれば、全額自分のものとすることができる。CEOは当然親会社が任命しているので、そんなことはよーくわかっている。
なので、考えられる少数株主保護としては、上場子会社の関連事業取引(Related Party Transactions,RPTs)を規制する、つまりrip offの余地を無くすということが考えられる。しかし、RPTの規制はそううまく機能するかどうかはわからない。そもそも日本の親子関係の多くは、業務提携、経営戦略から発生している。RPTsこそが親子関係のメリットなのだ。RPTs規制は、このメリットを殺してしまうかもしれない。
したがって、上場子会社には解決できない支配株主とそれ以外の少数株主には解決できない利益相反があるのである。しかし、good newsもある。少数株主は、支配株主が存在していることを承知の上で、なお株式を購入している。騙されているわけではない。それに、イヤになれば、株式を売却してexitすることも可能である。選択肢は少数株主の手のひらの上にある。
注)TOPIXは問題だと思う。リスクが二重になっている。上場子会社調整TOPIXを作るべきだ。東証の上場市場改革でお願いします。
上場子会社の独立取締役の役割
独立取締役が少数株主をrepresentする、というのは、確かにアングロサクソンのガバナンスの教科書に書いてある。しかし、これには上場企業には支配株主がいない、株式が十分に分散している状況ですべての株主が少数株主である状態が前提である。この場合は、小さなつぶつぶに分かれている株主は、取締役会に経営のモニタリングを委託する。取締役会は過半数を独立取締役で占める、すなわち、多数決による取締役会の意思決定となったときに独立取締役が決定権(CEOの解任権)を持つことが、グローバル・スタンダードである。この形になってはじめて、分散している株主は、自らに成り代わって独立取締役に経営者のモニタリングが期待できるというわけだ。
支配株主がいる場合には、むしろ独立取締役は少数株主をrepresentできるのかを考える必要がある。経営権を支配株主が握っている上場子会社の場合、独立取締役に少数株主の権利を親会社のRip offから守る力があるのか?支配株主=経営者をモニタリングして、必要なら解任できるか、できないだろう。したがって、パワーを持たない上場子会社の独立取締役に、支配株主から少数株主を守れというのは、酷な気がする。では、上場子会社の独立取締役の役割は何なのか?それは、モニタリングではなく、アドバイス機能に特化することが考えられる。そのため、ICGNグローバル・ガバナンス原則では、支配株主がいる上場基準の独立取締役は、過半数ではなく1/3で良いとしている。
偶数で拮抗している取締役会
アスクルの10名の取締役候補の内、選任されたのは、岩田社長を除く内部取締役4人(ヤフーからの出向者1名を含む)と社外取締役(ヤフー1人、プラス1人)の計6名である。ということは、会社チーム3名、ヤフーチーム3名である。紅白同数で偶数の取締役会では、stand offしてしまい対立を解決できない。取締役会の喫緊の課題は、それはやはりロハコ事業だろう。アマゾンに対抗できる国産ECの夢は最近はrustyかもしれない。臨時株主総会を早急に開いてアドバイス機能が豊富な独立取締役を追加することを検討してはどうだろうか。