世銀パンデミック債はESG投資か(その2)

CAT債投資について
CAT債(Catastrophe Bond)は、大災害債券などと訳されることもあるが、保険リンク証券の1つで、滅多におきないが起きたら壊滅的ダメージというのにかける損害保険のリスクを証券に載せたものだ。損保会社や再保険会社が、リスクを証券化する。通常は、再保険市場の参加者が買い手だが、近年、年金基金もCAT債やライフセトルメントなど、保険リスク投資に参加している。

割と正当な理由は、リスクプロファイルからして、株式や債券という伝統資産との低相関が見込めることだ。年金基金のリターン目標は高くないので、株式投資にいくらか配分すれば十分リターンはやってくる。年金基金がオルタナティブの資産クラスを求めるのは、Diversifierとして分散効果を得るためだ。かつて年金基金がこぞってヘッジファンドを採用したのは高リターン狙いではない(建前では)。低ボラと伝統資産との相関の低さ、絶対リターンがうたい文句だったのに、金融危機のときは軒並み株式との相関が1となって一緒にダイブした。ヘッジファンドに懲りた年金基金の次なるDiversifierとして、保険リンク債は、見せかけだけだったヘッジファンドに代わって、低ボラ、低相関、絶対リターンが揃った金融商品として、ポスト金融危機の頃、年金業界ではちょっとしたブームになった。(しかも、日本でスマッシュヒットとなったのがきっかけ)ライフセトルメントという生命保険リスクの買取りについては、年金の長寿リスクのヘッジにもなるというウリもあったが、日本の年金基金は、さすがに生命保険は気味悪いので、長寿リスクとは関係のない損保系の保険リンク証券の方を好んだ。

もう一つの本音の理由は、低金利時代、投資リターン低下が避けられないなかで、潤沢なプレミアムが望めるからだ。金融資産があふれる時代、金融工学によってあらゆるモノが投資商品となったが、保険リスク商品は純粋なDiversifierとしてというより、ハイリターンが魅力だったというのも本当のところだ。リスクを完全にヘッジしなければならない人がいて、そのために割高でも保険料を払うので、リスクテイカー(投資家サイド)の期待収益率はプラスと考えられるからだ。だから、保険会社は儲かる。日本でも生保も損保も保険会社は常に盤石だ。その厚いリターンの一部をもらおうというのが保険リンク証券だ。一部を渡しても、保険会社は尚盤石という素晴らしさ。我々は経済的に恵まれているので、リスクヘッジに十分お金をかけられるのか、不確実性が高価格になっているのか。まあいずれにせよ、CAT債のパフォーマンスは悪くない。CAT債のクーポンはベース金利+保険料で、期間は3〜5年であり、その多くは、トリガーとなる大災害は起きないまま償還されるからだ。

さらに、CAT債は、仕組債としての旨味もある。リスクを債券に載せるためには、ストラクチャリングが必要で、そのために、金融仲介が関わるが、それぞれ口銭が抜けるので、金融業界にとって美味しいという面もある。つまり、リスクに対して保険を掛けるときの保険料は、保険会社や再保険会社のマージン、ストラクチャードをつくる金融仲介の手数料、投資家の年金基金のハイクーポンで分け合う。この配分がかなり問題だし、そして災害が起き、トリガーが引かれたとき、保険金支払いを負担するのは投資家の年金基金だけだ。ストラクチャリングのマージンや手数料は消えないよね。

ちなみに大災害といえば3.11だが、で本の地震保険を証券化したCAT債のトリガーは引かれたのか?実は、3.11のとき東京での震度が5弱とあまり大きくなかったため、ほとんどのトリガーが引かれなかった。トリガーイベントとなり元本が毀損したのは、全共連の地震保険を証券化したMUTEKIだけだった。最近は、ハリケーンや台風も増えているので、その限りではないかもしれないが、トリガーは案外引かれない。また、トリガーは震度やマグニチュードで決められていて、実際の被害の大きさで決められていないので、保険金支払いとダメージの大きさが一致しない。トリガー事由が頻発すると、CAT債は売れなくなるだろうから、トリガーは投資家側に寄っているのかもしれない。

ESG投資なのか?
CAT債の話が長すぎた。ここまでみてきたCAT債は、メインストリームの投資商品であり、「ESG要因を考慮した投資」的要素はない。パンデミックがトリガーになっているとか、世銀ネームなどESG投資ish(のような)な雰囲気を醸し出しているが、ESG準拠(スクリーニング)でもないし、ことさらこのCAT債が他のCAT債よりESG要因を考慮したことから投資リターンが向上する確信度が高いということもない(ESGインテグレーション)。

インパクト投資なのか?
ここでインパクト投資をまた説明しはじめるとさらに長くなってしまうのだが、簡単にいうと、インパクト投資は、PPPやPFIとかと同じと考えて良い。公共政策に民間の競争原理を入れて効率性へのインセンティブをつけようというものだ。マイクロファイナンスは大成功したが、プリズン債は英米ともに速攻終了した。豪サウスウェールズ州の出したインパクト債は、児童虐待家庭の再建プログラムへのファイナンスで、再建率に応じてクーポンが変わるというものだが、そもそもFixed Incomeの投資家は公共政策のモニタリング能力はないので、普通に税金で運営したときと、どこが改善されるのかがはっきりしない。まさに、この世銀のパンデミック債も同じことがいえる。そもそも、パンデミック時の最貧国への支援を、わざわざCAT債スキームにする必要があるのか? キャッシュ拠出スキームの方が、トリガーとかいわなくてももっと柔軟に政治的に発動できそうだし、結局キャッシュ拠出と同じくらいの保険料支払いになるので、プログラムスポンサーのドイツや日本のコストはほとんどかわらない。キャッシュ拠出ならいずれはパンデミック対策のために使われるだろうが、CAT債保険料は、債券を購入した投資家のクーポン収入になる。したがって、このパンデミック債は、インパクト投資とも言い難い。
今のところ目の覚めるような投資リターンと社会インパクトのWin-Winを達成したインパクト投資は、今のところ確認できたのはマイクロファイナンスだけだ。(もしあったら、ご一報ください)

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