2050ネットゼロ宣言後のエネルギー基本計画に注目しよう

菅首相の所信表明演説での2050ネットゼロ宣言も、一応FTの記事にはなっていたが、割りと海外メディアは地味だった。直前に中国の習近平国家主席が国連総会のビデオ演説で2060ネットゼロを宣言したので、ちょっとかぶってしまった感もある。どちらも今までの目標からかなり飛躍があるのだが、方法論は示していないことから、気候変動NPOsも期待感を高めつつも本気度を疑う部分があるようだ。欧米からすれば、アジアとりわけ極東アジアには理解不能なダブルスタンダード(二枚舌)が存在する。もちろん表向きにはそのようなものは存在しないのだが(これもダブルスタンダード)。本気なのかリップサービスなのか見極めにくい。

それでも、2050ネットゼロで、どこまで日本政府がガチでくるのか、つまり株式市場において、いや我が国の経済にとって、いよいよ気候変動がSubstantialになるのか、チェックしておいた方がいいだろう。

そこで、ここでは今までの日本の気候変動戦略をおさらいしておこう。まず、「2050ネットゼロを宣言致します!」と菅首相は力強く宣言されていたが、パリ合意は2020年1月より約束期間に入っており、パリ合意(目標、気温上昇を2℃以下、できれば1.5℃)の下の我が国のGHG削減自主目標(Nationally Determined Contribution、NDC)は、2030年に▲26%(2013年比)というものだ。

EUは2030年に▲40%(1990年比)で、2013年比にすると▲24%、米国は2025年に▲26〜28%(2005年比)で2013年比にすると▲18〜21%である。比較年がバラバラなのは、それぞれ数字をよくするための戦略だが、Apple to appleでみると、日本のNDCがことさら低いわけではなかった。

ちなみに2050ネットゼロは、1.5℃対応の最も急進的なGHG削減経路であり、もちろん現在の2030年▲26%目標は、おそらく▲50%以上にしないと間に合わない。2050ネットゼロは、2100年までまったり削減していけばいいやというモードを払拭して、手前の20年くらいでがっつり削減して、貯金をつくるという目論見なのだ。もっとも「ネット」という言い方がやや気になるが。

この我が国のNDC達成は、経産省によれば、省エネによる需要低減(17%)とエネルギーミックスの変更による。2018年のエネルギー基本計画では、2030年のエネルギーミックスは再エネ23%、原子力21%、天然ガス27%、石炭26%、石油3%というもので、石炭をベース電源と位置付けていた。

このエネルギー基本計画が安倍内閣で閣議決定したときは、ESG投資業界では石炭ダイベストメント運動が燃え上がっており、石炭採掘関連企業の不投資を表明する米国大学のエンダウメントがあったり、ノルウェー年金が石炭火力発電もネガティブリストに加えたり(日本の電力会社もリスト入り)、化石燃料から決別する次社会では油田や炭田が座礁資産(Stranded Assets)だとする議論が盛り上がっていた。

大震災以降の状況や日本の再エネリソースの状況を鑑みれば、このエネルギーミックスは現実的な選択から引き出されていると思われるが、グローバルトレンドのDirty Coal運動からみると日本の石炭をベース電源とするエネルギー戦略はKYすぎるものだった。

さらに、経産省は石炭火力発電プラントを戦略的輸出商品と位置付けており、国策会社として三菱重工も風力の羽は造らないが、石炭火力は残すといっていた。エネルギー基本計画と経産省の産業政策から石炭を抜くのは難しいのだ。

しかし、グローバルでは石炭への非難はエスカレートしていく。コロナパンデミック前の2019年のCOP25はパリ合意発効直前のCOPとして、パリ合意のルール作りを目指して開かれた。そして、ルール作りには失敗した。COPデビューの小泉環境相は脱石炭のコミットメントを目指したが、自民党はOKしなかった。しかし、彼はグローバルの脱石炭の風圧を持って帰り、海外から猛批判の石炭火力発電所の輸出のハードルをあげ、事実上輸出しないようにしたり、国内の非効率石炭火力のフェードアウトなどが打ち出された。

とはいえ、石炭をベース電源と位置付けているエネルギー基本計画との整合性はどうなの、というツッコミは残る。混焼や石炭ガス化複合発電など高効率を理由に石炭火力発電を残していくのか、つまりグローバルでは脱石炭といいつつ、ベース電源石炭は変えずにいくダブルスタンダードでいくのか、CO2回収・貯留技術(CCS)を開発して真なるCO2フリー石炭を実現するのか、それとも脱石炭、石炭は諦めて、別のベース電源を探すのか、政府の方針がはっきりしない。

そして、菅政権発足してすぐに、梶山経産相は再エネの主力電源化を表明、経産省はエネルギー基本計画の見直しに着手したと報道されたが、翌日には、いきなり所信表明演説で2050ネットゼロ宣言をする見通しとなった。これは、日本固有のやり方であるボトムアップ積み上げ方式ではラチが開かないとみて、トップダウンアプローチとして菅首相のリーダーシップなのか、あるいはビジネスコンサルで流行っているバックキャスティング方式を採用したのか。2050ネットゼロを可能とする2050年時点のエネルギーミックスはどのようなものか、そこに到る途中経路の2030年時点ではどのようなものか、今度のエネルギー基本計画で方法論がわかると期待したい。

またいつもの通り、有識者会議で検討されるのだろうが、我が国の2050ネットゼロへの道は容易くはない。再生可能エネルギーの主力電源化やCCSは、技術的なブレークスルーが必要だが、民間経済の開発投資では難しい。どのイノベーションに賭けるか、開発投資をどこに向けるのか、まあ、つまりは補助金をどこに投下するのか選択することが必要だし、逃れられないのが原子力発電の再稼働、新設の議論だろう。2050年からのバックキャスティングならば、2050年ネットゼロ時点で、原発は永続的な電源なのか、あるいは既存原子炉の寿命と共にフェードアウトして、原発から卒業するのか、決めておかないといけない。これら国民を「分断」しそうな議論を「有識者会議」を経て、近いうちにくるであろう国政選挙のテーマとして正面から国民に問いかけてもらいたいものだ。

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